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よしだしょういん
吉田松陰
徳富 蘇峰
「国民之友」1892(明治25)年5月~9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 135,622 字 · 269 页
就中趙の貫高を希い、楚の屈平を仰ぐ、諸知友の知る所なり。故に子遠が送別の句に「燕趙の多士一貫高、荊楚の深憂只屈平」というもこの事なり。然るに五月十四日関東の行を聞きしよりは、また一の誠の字に工夫を付けたり。時に子遠死字を贈る、余これを用いず、一白綿布を求めて、「孟子の至誠にして動かざる者は未だこれ有らざるなり」の一句を書し、手巾へ縫付け、携えて江戸に来り、これを評定所に留め置きしも、吾が志を表するなり。去年来の事、恐れ多くも天朝、幕府の間、誠意相孚せざる所あり。天苟も吾が区々の悃誠を諒し給わば、幕吏必ず吾が説を是とせんと志を立てたれども、蚊虻山を負うの喩、終に事をなすこと能わず今日に至る。また吾が徳の非薄なるによればなり。今将誰をか尤めかつ怨んや〔これ哲人の心地〕。
一、七月九日初めて評定所呼出しあり、三奉行出坐し、尋鞠の件両条あり。一に曰く、「梅田源二郎長門下向の節、面会したる由、何の密議をかせしや」。二に曰く、「御所内に落文あり、その手蹟汝に似たりと源二郎その外申立つる者あり、覚ありや」。この二条のみ。それ梅田は素より奸猾なれば、余与に志を語ることを欲せざる所なり。