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よしだしょういん

吉田松陰

徳富 蘇峰

「国民之友」1892(明治25)年5月~9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 135,622 字 · 269 页

青空文庫

而して藤田は実に水戸派の保羅なり。

佐久間の佐久間たるは、己が信ずる所を公言せずんば、敢て休せざる光明なる勇気と、己が信ずる所にあらざれば、これを公言する能わざるの正大なる精神とに在り。彼嘗て歌うて曰く、「試みにいざや呼ばわん山彦の応えだにせば声は惜しまじ」。これ豈に勧化の好手段は、反響の来るまで、絶叫するにありてふ、オコンネルの言と、その意を同じうし、その趣さらに深きにあらずや。この点においては吉田は、真個に佐久間の弟子たるに愧じざるなり。佐久間は、真個に吉田の師たるに愧じざるなり。

彼らの相見るや、実に嘉永四年江戸においてす。松陰惟らく、象山畢竟洋学を鬻いで、自から給する売儒ならんと。乃ち平服のままにて、その門に入る。象山儼然として曰く、「貴公は学問する積りか、言葉を習う積りか。もし学問する積りならば、弟子の礼をとりて来れ」と。松陰輙ち帰りて衣服を改め、上下を着し、その門に入れり。のち人に語りて曰く、「象山という奴は、並の奴ではないぞ」と。当時松陰二十二の青年にして、象山は既に四十の宿儒、その盛名天下を掩う。山においては富岳の高きを見、水においては遠州洋の深きを見、人においては佐久間を見る。