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とらわれ
囚われ
豊島 与志雄
「早稲田文学」1915(大正4)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,848 字 · 42 页
よし離ればなれにせよ、二人の心が時々相顧みて過去を現在に生かしているという事実は、僕にとって堪えられない苦悶の種です。実際僕はそのために妻を責めながら、益々妻の心にその過去の記憶を蘇えらすようにしているのかも知れません。然しそれならばと云ってどうすればよかったのでしょう? 或は僕か妻か何れかが間違っていたかも知れません。と云って今になってはもうどうすることも出来ないんです。……あの男か妻か、どちらかが死んでいればよかったのです。」
こう云って恒雄は顔面の筋肉をぴくぴくと痙攣さした。そして、「あなたが愛を信じるなら現在の愛着の上に新らしく未来を築き上げてゆかれる筈です。」と彼に云った孝太郎は、この告白をきいて彼の顔を見るに忍びなかった。
恒雄のこういう心を富子は理解していないであろう。そしてまた、富子は過去にかの男の胤を宿したことがあるけれど、それは自然の流産に終ったという事実を、恒雄はまだ少しも知らないでいる。それからまた富子と孝太郎との新らしい間を恒雄が知ったなら……。
孝太郎は心が何かに搾らるるような気がした。そして単なる同情の接吻というものは……と考えてみたけれど、その先を見つめるのに堪えられなかった。