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「つち」ととうじのしゃじつぶんがく
「土」と当時の写実文学
宮本 百合子
「会館芸術」1938(昭和13)年1月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,543 字 · 3 页
た。現実から学んで芸術を創造すべきことを主張した所謂写生文派の人々、子規、虚子、漱石、或は直接この流派に属したのではなかったが、森鴎外のような優秀な芸術的資質をもった作家まで、等しく自然主義文学の運動に対して必しも同感的でなかったことはまことに注目をひく事実である。しかも、同時代のインテリゲンツィアの社会的所属という面から見ると、写生文派の人々は主として当時の中流或は上流のアカデミックな教養をもった人々があつまり、自然主義文学は早稲田の文科を中心として、地方の中農などの家庭出身の人々が多かった。そのことも興味ぶかいことであると思う。
長塚節は、写生文派、写実派の中でも、実に手堅い一方の作家で「土」と略同じ頃書かれている虚子の有名な「風流懺法」等と比べると農村生活に深い根をもつ節独特の稟質がうかがわれるのである。
写生文派は写実主義文学にうつり、今日現実を更にその有機的諸関係につき入って描こうとする現実主義が問題となって来ている。
長塚節の「土」は農民作家とその課題としてのリアリズムというものが問題となる以前の写実的作品としての傑作なのである。〔一九三八年一月〕