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トソンラン
土城廊
金 史良
「文芸首都」1940(昭和15)年2月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,752 字 · 52 页
婦、婦……、すると爺は思わず新たな歓びを覚えてにっと微笑を口元にほころばせた。いつの間にか婦への温かい感情が忍びやかに胸の中へ浸って来たのだ。だが直ぐに彼の想華はむざむざちぎれ出した。爺はぎょっとした。薄いヴェールを揺り分けるようにして、先達の血にまみれたはれぼったい脣がぴくぴく動き出したかと思うと、赤い歯並の間から押し出すように何かを先達が呶鳴ろうとする幻影が現われた。
爺はよろけて三四歩後ずさりし息を殺した。そしてやっと気を静めて不安げに辺りを見廻した。
向うの方から誰かはっきりしないが、二人の影が近附いて来るようである。もう辺りは大分薄暗くなっていた。一人は足取りの危げな老人らしく、杖に屈んだ体を支えつつよちよちやって来る。つれは老婆のようだった。大きな包みを担いでその後から何かぶつぶつ呟いている。ぶら下げた味の素のぶりき鑵が一度赤くきらりと光って見えた。それは徳一老人の夫婦であった。やはり彼等二人も石橋の方へと命乞いに避難して行くのだ。
元三は何かに突き刺されたようにやはり硬直したまま突っ立っていた。老人はそれが支械軍の元三であることに気がつくと、鼻の先まで近寄って来て炭のような手を顔先にちらつかせつつしあしあ喘いだ。