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ちじょう

地上

島田 清次郎

地に潜むもの

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页

青空文庫

お光はただ微笑むより返事の仕様がなかった。

「君は実際いい妹さんをもって結構だよ」と彼は言った。

「さあ――しかし妹なんていらないと思うね。ことに綾子の己を馬鹿にしきっていることは!」

「綾子さんか、そんなに邪魔なら僕がもらおうかしら」

三人はいつしかお互いに全心の力で緊張し合わねばならなかった。

「それはもう! 綾子も君のこととなると特別なんだから! ――君の方から直接僕の親爺の方へ申込んでくれるといいのだが」

「そうかしら」

そして三人ともほっとしたのであった。

――伝馬は暫くたってお光達を陸へ戻してくれた。夕焼の燃えたつ海上を新しい船が帆をあげて出てゆく情景は美しいものだった。お光と兄は静かに寂しい夏の入日を背にして野道をかえったのであった。路々兄は言った。

「お前はどう思う。綾子の夫として恥かしくない男じゃないか」

「ええ、そうですとも!」

「お前は少しあとになっても辛抱してくれろな」

村近くで、虫の鳴く音がしきりにしていた。昼の余炎はまださめ切らなかったが、野面をわたる風は寒かった。お光も容一郎もまた俊太郎も、また実に綾子も、俊太郎の妻となるべきものは綾子であると信じきっていたこの日のことが、わずかの日のうちに、お光が俊太郎に嫁がねばならなくなるような異変が起ころうとは、少しも夢みさえしなかった事実であった。