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ちじょう
地上
島田 清次郎
地に潜むもの
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页
彼は往き来の人を見送り見迎えていた。すると電光のようにある悦ばしい考えが「踴躍」という言葉そっくりの感情と共に現われて来た。それは、深井自身に平一郎が自分の恋を打ち明けて、そうして自分の手紙を深井によって和歌子に渡して貰うことであった。「それがいい、それがいい……」平一郎は自分の家へ引き返しながら、それがいかに男らしい態度であるかに想い及んで嬉しくてならなかった。
「それがいい、それがいい、自分は和歌子を恋している、また自分は深井にも醜くありたくない。そうだ、これがいい、これで和歌子が自分よりも深井を選べば、もしくは選んでいるなら、自分は残念だが――」(思い切る)とまでは自分に明言できなかった。しかし自分が醜いことをしなくてもすむという心安さはあったのだ。
平一郎が家へ帰っても母のお光はまだ帰っていなかった。彼はいつもひとりであるときするようにランプの掃除をして、薄暗い三分芯に灯をともして、そうして明日の代数の予習をはじめた。五月の日はとっぷり暮れてしまった。裏の廓の方からは、さっきとはちがった冴えた三味の調べがりょうりょうとしめやかな哀れ深いうちにもりんとした芸道の強味を響かせて聞えて来た。