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ちじょう
地上
島田 清次郎
地に潜むもの
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页
「おやすみなさい」
平一郎はお玉に導かれて狭い階段をのぼると、そこには新しい、床と戸袋のついた赤壁の十畳の一室が開かれていた。床の置物や部屋の造作や重厚な趣味からが黄金を惜しまないで建てた部屋であることは推察された。お玉は「お休みなさい」と言った。
「ここは平常使わないのですか」と平一郎は思い切って尋ねた。
「ここはね、旦那様と御新造様が日曜の昼などお話しなさる部屋ですの」
「冬子ねえさん――」と言いかけた平一郎はあわてて、「御新造さんはいつもここで寝なさるんですか」と訊いた。お玉はにこやかに笑って、
「旦那様のおいでにならない日はここでおよんなさるの。旦那様のいらっしゃる夜は、さっきわたしが出て来たでしょう、あのお邸の二階でおよんなさるの。ね、分ったでしょう」
お玉はさらに「お休みなさい」と言って階下へ下りて行った。平一郎はシャツ一枚になって絹物の蒲団の中へ潜りこんだ。芳しい甘美な香料の匂いが、蒲団の中から匂ってくる。彼は電燈を消した。遠くの方で電車の響きらしいものが聞えた。彼は母のことを想い起こした。別れて来るとき、あの汽車が動き出したときの悲しい涙が彼に再びめぐまれた。