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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

その自動車は、まるで氏の命を狙うかのように、氏が右へ避ければ右へ、左へかわせば左に向かって、五分に近い間、電車通りの真ん中を、右に左に氏を追ったのである。が、不思議に――正に不思議にである――氏はその難から逃れることができ、やがて氏にはつつましいながら新しい生活が始まったのであるが、ひと月たって思いかねた氏がその不思議な町へ行って見た時には、そうした一区劃こそありはしたが、彼女は元より、隣家でその由を訊ねてみても、そうした人のいるということさえ、全く知ることができなかったのである。

氏はまた一日を浅草にかの老人をも訊ねてみたが、幾晩氏があの思い出のベンチへ凭ろうとも、これもついにその老人を見ることはできなかった――。

そうして二年の月日がたったのであるが、二年たった夏のはじめ、氏は思いがけなくもかの老人を、そして彼女を、しかもその両者を一つにして、歌舞伎座の華やかな特等席に見出したのである。

「おお美代子、美代子だ!」

寺内氏は衆人の前も忘れてそう叫んだそうである。

菊五郎の棒しばりが、すとんすとんと気持よく運ばれているうちに、ふと何かのきっかけで、特等席に眼をやった氏は、そこに、おお、かつてのあの不思議な老人と並んで、輝くように盛装した彼女が、小間使いでもあろうか、これも美しい若い女に二つばかりの子供を