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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

人を満載して行くらしい電車の車輪が見えた。そしてその足や車輪や家並みが、氏にそれほどの人の中にも、知人一人のない淋しさを思わしめた。

空腹はもとよりのことであったが、歩いているうちはそれほどでもなかった。が、寝不足に似たいやな気持の頭の中では、エプロンを掛けた女の顔だの、めし屋の看板だの、卓の上の一本のスプンだの、味噌汁の色だの、そんなものが絶えずちらちらちらちらしていた。

なかば夢のようにそうして歩いているうち、寺内氏はいつか浅草の公園へ来ていた。里数にすれば三里近くもあるところを、いつの間にか瓢箪池の、あのペンキの剥げたベンチの一つへたどりついていたのである。

時間はちょうど六区のはねた直後のことで、そこでまだ、楽しい人々がまっくろになって電車道へと押し流れていたが、ぞろぞろと遠ざかって行くその足音は、ベンチにくずおれた氏の耳へは、まるで埋葬に来た近親者が引き返すのを、埋められた穴の中から聞くようにひびいたそうである。

六区の電燈がばたばたと消えていった。とそれに追い立てられるように、今までやかましかった夜店の売り声がひとつひとつなくなっていって、賑やかさの裏のひとしおのつめたさが、氏の足先を包んできた。