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ちずにないまち

地図にない街

橋本 五郎

「新青年」1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 16,139 字 · 32 页

青空文庫

そして食い残しらしい八、九本のバナナが、急に氏の食欲を呼び覚まさした。手を出すのじゃない、手を出すのじゃない、とわずかな理性があの北海道行き人夫の末路を想像させた。がその時、氏は到底その誘惑には勝つことができなかったと述懐した。

「いただいてもいいのかしら――」

若い寺内氏はそういったつもりであったが、急に覚えた口中のねばねばしさで、それは唇から洩れずして消えてしまった。が、つぎの瞬間には、理屈も何もなく、氏はもうくだんの老人と並んで、仲よくそのバナナの皮をむいていたのである。そしてその味のなんと咽喉にやわらかく触れたことであろう!

「煙草はやるのかい?」

と食い終わったところで老人が訊いた。食後の一服を氏は予想していなかったが、そう問われてみると、押えがたい喫煙の欲が、冷えた指の先々まで漲ってくるのだった。

「おや、もう喫んでしまったかな、確かにまだあったと思ったが――いいや、まだやっているだろう、ちょいと行ってもらって来よう」

氏がまだそれと答えないうちに、毛布の中で手を動かしていた老人は、身体のどこにも煙草がなかったと見えて、そんなことを呟くとそのままベンチを立ち上がった。