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さかたのばあい

坂田の場合

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,335 字 · 29 页

青空文庫

」

敏子はじっと探るように坂田の顔を見ていた。

「あなたは、兄をどう御覧になりまして。」

「どうといって、人間はそう急に変るものじゃありませんよ。変るのは境遇だけです。中津君もこの頃は、たいへん朗かになって、前途に光明を認めてるようですね。昨晩はきき落したんですが、どこか、勤めるようにでもなったんですか。」

そして彼は苦笑をもらした。

俺はその会話を、煖炉の上の好きな場所、例の古い鉄の五重塔の中から、ぼんやり聞いていたのだが、余りに白々しい坂田の言葉だと思った。殊にその苦笑はいけなかった。

「ちがいます。」と敏子も叫んだ。「あなたの仰言ってることは、みんな嘘です。」

全くそれは嘘なんだ。俺は昨晩一緒にいたからよく知っているが、中津はあの時、肱に繕いのある上衣をつけ、裾のすりきれたズボンをはき、顔も肉がおちて、胃病でも患ってるらしい色艶だった。坂田がはいっていくと、ぎょっとしたような様子で、それから慌てて立上ってお時儀をした。そして二人で飲みだしたのだが、中津はしきりに、そういう家に寄った理由を説明しだした。弁解のための説明らしかった。この頃酒とは縁遠くなっていたが、友人たちとの或る会合のあとで、久しぶりに来てみたのだとか、或る相談事のためにここで人と落合うことになったのだとか、要するに下らないことで、而も、禁酒