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さかたのばあい

坂田の場合

豊島 与志雄

――「小悪魔の記録」――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,335 字 · 29 页

青空文庫

書斎の横手に、ベッドと小卓と洋服箪笥だけを置いた狭い室がある。夜おそく酔って帰ってきた時など、彼はそこに倒れ伏してしまうのだったが、ふだんは、そのベッドと他の日本室の方と、寝るのは気分によってまちまちだった。

坂田はその書斎にいて、中津敏子を待っていた。――折入ってお話申したいことがございますので、今晩伺わせて頂きます……それほど懇意でもないのに押しつけがましい簡単な文句の速達便だったのである。坂田はそれをまた読み返し、手にまるめようとしたが、こんどは小さく引裂いて屑籠に投げこんだ。そしてちょっと微笑を浮べかけたが、それは憂欝な表情のうちに溺れてしまい、彼は眉根をよせながら煙草をすい初めた。

やがて彼は、机の奥から小型の厚い帳簿を取出して、その第一頁からじっと点検しはじめた。数字と日附と簡単な文字とが並んでいる。それを辿りながら、彼は、時々額に手をあてて、記憶を呼び起そうとしてるようだった。

チェッと俺は舌打ちした。そして彼の側に寄っていった。彼の憂欝な表情がどうもはっきり腑に落ちないし、第一気にくわないのだ。

第一頁の最初に、一〇〇〇〇という数字が記入してある。