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さか
坂
宮本 百合子
「東京日日新聞」1935(昭和10)年1月28日号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,792 字 · 4 页
私は、感情を動かされてその様子を眺めているのであった。まる二年前モスクワへ著いたばかりの頃、私たちはやはりこのホテルで暮した。もう十二月であったから雪があって、冬ごもりの封をした二重窓の硝子は夜々すっかり凍った。氷花のついた窓硝子にまっ青な月の光が一面にさし、夜中十二時になると打ち出すクレムリ時計台のインタナショナルの音が厳寒をふるわして室内にまで響いて来た。前の屋上の天井はその頃何年か硝子がこわれたまんまで鉄骨が黒く月の明るみに出ていた。モスクワ市街が急激に様子を変えはじめて今はもうそこが立派に修理され、新聞社と出版労働者の倶楽部になって、夜は音楽が私の窓へもつたわって来るのである。
ひととおりフランスやイギリスなどの大衆の生活ぶりを見てまたモスクワへ帰って来てから、二度目のモスクワ暮しは非常に深く私の心に作用した。そこには、はっきりした比較が生じ、たとえばそうして大したこともない屋上風景を眺めていても、その光景にある意味はベルリンの公園にあるものとは全く違うものであることが、感情として会得されるのであった。私の友達はすでに帰国の準備をはじめ本を買い集めたり、予約出版の引つぎをたのむひとをさがしたりしているのであったが、私の心持にはそれが逆に影響して、益々モスクワの生活に引きつけられた。