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さか

坂

宮本 百合子

「東京日日新聞」1935(昭和10)年1月28日号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 1,792 字 · 4 页

青空文庫

だんだん眼の色が凝って燃えだすような視線で私が向いの屋上を眺めていると、もう一つのテーブルのところから友達が仕事をしながらの声で、

「そろそろ時間だよ」

と注意した。

「ふうむ」

私は水色のジャンパーの上から外套を引っかけ黙って部屋を出た。友達のところへ語学の教師が来る。その間、私はいつも街を歩いて来るのである。

トゥウェルフスカヤの広い通りをプラウダ社のある方へ人波に混ってゆるやかな坂を登っているうちに、私は一つの明瞭な苦痛の感じにとらえられ、自分の歩いていることが分らないような心持になって来た。今この通りを右にも左にも前にも後にも陸続として進んでいる群集にとって私は何者であるだろう。様々の風体、様々の顔つきと感情をもった男も女も、彼等は何かの実際的な繋りをこの活々として新らしいモスクワの建設にもって、忙しげに靴の爪先を運んでいる。こうやって彼等と同じテムポで同じ鋪道を歩いている自分が、この社会の生活の意味と値うちをこんなに理解し愛している自分が、実は彼等と全く違ったもので、どんな具体的な組合わせにもあみこまれていない存在であるというのはどういうことであろう。