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うもれたにほん

埋もれた日本

和辻 哲郎

――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页

青空文庫

妃の蘇りにとって障げとなったのは、妃の首の骨がないことであった。王子はその首の骨を取り返すために宮廷に行き、祖父の王の千人の妃の首を切って母妃の仇を討ったのち、母妃の首の骨を見つけ出して来た。それによって美しい妃の蘇りが成功する。この蘇った妃と、その首なきむくろに哺まれた王子と、父の王と、それが厳島の神々なのである。苦しむ神、死んで蘇る神は、ここでは一層顕著であるといわなくてはならぬ。

わたくしはこういう物語がどういう源泉から出て来たかは知らないのである。物語の世界がインドであるところから、仏典のどこかに材料があるかとも思われるが、しかしまださがしあてることができぬ。物語自体の与える印象では、どうも仏典から来たものではなさそうである。死んで蘇る妃は、「十二ひとへにしやうずき、紅のちしほのはかまの中をふみ、金泥の法華経の五の巻を、左に持たせ給ふ」などと描かれている。これは全然日本的な想像である。のみならず、苦しむ神の観念は、仏典と全然縁のないらしい、民間説話に基づいた物語のなかにも現われている。そうなるとこの観念は、日本の民衆の中から湧き出て来たと考えるほかないのである。