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うもれたにほん

埋もれた日本

和辻 哲郎

――キリシタン渡来文化前後における日本の思想的情況――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,399 字 · 43 页

青空文庫

ここでばかというのは智能が足りないということではない。才能すぐれ、意志強く、武芸も人にまさっている、というような人でも、ばかなのがある。それはうぬぼれのある人である。「我することをば何れをも能きこととばかり思ふ」人である。こういう人は下の者に智慧を盗まれる。というのは、おだてにのって、自分で善悪の判断をすることができなくなるのである。したがってますますばかになる。

もっとも、家来というものは、そういう悪意はなくとも、主君のすることをほめるものである。それに対してはしかるべき心得がなくてはならない。賢明な大将は、事のよしあしは自分で判断する。したがって「善きことをほめるは道理と思ひ、悪しきことをほめるは、我への馳走、時の挨拶と心得る」。しかるに、人によると、悪しきことをもほめる者を軽薄者として怒るのがある。これはばかである。一家中に、主君に直言するごとき家来は、五人か三人くらいしかないであろう。大部分は軽薄をいうのが通例である。それを心得ていないで怒るというのは、ばかというほかはない。

大将がばかであるゆえに起こってくる結果は、同じようなばか者を重用するということである。