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しおばな

塩花

豊島 与志雄

「世界」1946(昭和21)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,421 字 · 25 页

青空文庫

帰りぎわが大切だと彼は考えた。

然し彼の方を顧る人はいなかった。彼はそこに、碁客のそばに、置きざりにされた形になった。

近く、広縁のところで、話し声がした。「落葉樹の森」という言葉が山口の注意を惹いた。声には覚えがあった。

「前半はたいへん面白く思いましたが、後半が少し退屈でした。」

「ええ、小説にしては、少し思想的すぎると、先生も御自身で仰言っていましたわ。」

「あの思想には、僕も賛成です。ただちょっと、拗ねてるような、へんなところがありますね。」

「私にはよく分りませんけれど……。」

「前から、お逢いしたいと思っていました。こんど、ついでの時に誘って下さい。」

「ええ、先生の御都合を伺ってみますわ。」

「気むずかしい人ではありますまいね。」

「いいえ、決してそんな……。」

そして笑い声がした。

どうも吉村氏のことらしいと、山口は思った。そして立っていった。佐竹と千枝子が、立ち話をしていた。彼女は先程の身扮の上に小紋錦紗の羽織をひっかけていて、なにか老けたように見えた。山口から顔をそむけた。

山口は快活そうに言った。

「吉村さんのお話のようですね。」

「そうです。