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しおばな

塩花

豊島 与志雄

「世界」1946(昭和21)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,421 字 · 25 页

青空文庫

」

佐竹は怪訝そうに山口を眺めた。

「吉村さんなら、僕はよく知っていますよ。御一緒に訪ねてみましょうか。」

それが、なにか大きな衝動を与えたらしかった。千枝子は向うをむいたまま、振り向きもしないで、そこから出て行ってしまった。佐竹は眉をしかめたが、それを押し殺すように煙草に火をつけた。

「佐竹君。」

声がして、あの燐酸の先生がのぞいた。

「君は残っておれよ。君がいないと、どうも話が面白くない。」

そして彼は高声に笑った。

佐竹は黙って山口の側を離れ、広間の方へ行った。

山口はそこに取り残されて、唇をかんだ。何か体面にでも関するような失策をしでかしたようだった。而もそれが明瞭に分らないので、なお失策が大きく感ぜられた。ただ他日を期して……そう思った。そしてこの他日に倚りかかった。と同時に、彼はひどく冷淡になった。すべてのことに冷淡になった。波多野未亡人に礼を言い、人々に挨拶をし、玄関で外套を着せてくれたお花さんに会釈をし、鹿革の手套を片手に掴んで歩きだすまで、すべてのことを冷淡にそして冷静に紳士らしくやってのけた。

ところが、波多野邸の門から一歩ふみだした時、彼は全身の力がぬけたような状態になった。