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へんなおとこ

変な男

豊島 与志雄

「中央公論」1923(大正12)年8月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 40,508 字 · 81 页

青空文庫

――「今井さん指相撲をしましょう、」と云って澄子は手を差出した。今井は一寸躊躇したが、着物の袖口を伸しながら手を出した。そして節の太い頑丈な彼の親指は、反りのよいしなやかな澄子の親指に、何度も他愛なくねじ伏せられてしまった。「それじゃ此度は腕相撲、」と澄子は挑んだ。「よし腕相撲なら負けやしません。」そして彼は居住居を直して、幅広い肩と握り合した手先とに、顔まで渋めて力を籠めたが、澄子のきゃしゃな腕にも余りこたえがなくて、彼女の顔が赤くなる頃には、しなしなと押伏せられてしまった。三度やったが三度とも負けた。「右は駄目です、左でしましょう、」と彼は云った。そして左の腕相撲では、澄子は一たまりもなかった。右手まで手首に添えても、やはり彼にかなわなかった。彼はただにこにこ笑っていた。――或る晩、中村が病院に泊って来ることになってた時、夜遅くなって、裏口に何かしきりに音がした。玄関の茶の間にいた辰代は、うとうと居眠りながらも、耳ざとくそれを聞きつけた。ことことと戸を指先で叩くようなその音は、間を置いてはまた響いてきた。鼠にしては余り根強すぎ、犬にしては余り規則的すぎる、一寸怪しい物音だった。