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ゆうがおのもん

夕顔の門

吉川 英治

「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,956 字 · 29 页

青空文庫

閉めたり開けたりする抽斗の環の音がだんだん荒っぽくなる。

着物を更え、帯を締め、そして何か手廻りの物を包み初めた様子に――兵庫は、

(又、始まったな)

と、覚って、舌打した。

『……お話がございますが』

と、彼女は、改まって、良人の前へ来て坐った。

『……なんだ』

『お暇をくださいまし』

『…………』

『貴方は、妻よりも、鷹の方が可愛いいお人なんですから』

『…………』

『この部屋も、鷹の書でいっぱい。家の中も鷹の抜毛や餌でいっぱい。何処を向いても鷹臭いほどです。――貴方がいちばん御機嫌のよい時は、餌をやりながら、鷹と独り言に話しをしている時でしょう。――鷹になさる程な優しい顔を、妻にはした事のない貴方です』

『わしは、藩の鷹匠だ、書物を見るも、鷹を飼うも、わしの天職――わしの御奉公。――当りまえな勤めではないか』

『ですから、わたくしは、此家を去って参ります。どうか、お暇を下さいまし』

『易い事だ。……おまえが来てからも、この家の行燈の灯皿には、いつも虫の死骸や塵が沈んだままだ。居ても居なくても、何の変りはない』

『よ、ようござんすね。……では』

『だが、待て』

『御未練ですか。