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ゆうがおのもん
夕顔の門
吉川 英治
「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年6月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,956 字 · 29 页
その上、刺止まで刺すのは武士の情ではない。――のみならず、それでは、旧主の惣七どのを、是が非でも、わが娘を成敗せねばならぬ破目に立たせてしまう』
『……分りました。貴方のお言葉で、小さい意地や男の体面のほかに真の武士道とは、大きな而も優しい愛のあるものだと分りました。――もう何事もわすれます。どうぞその駕、お通しくださいませ』
『かたじけない』
兵庫は、それを惣七に伝えるつもりで、駕のそばへ戻って来たが、ふと見ると、お市の乗っている底から、血しおのながれが、無数に地を走っていた。
『しまった!』
兵庫は、駈け寄るなり、駕のたれを刎ね上げたが、もう間にあわなかった。吾儘で、容易に意志を曲げない女だけに――自ら喉を突いた短い刃も、襟へ抜けるほど深く貫いていた。
そして膝には、夕顔の蔓に、まだ萎れていない二、三輪の白い花が乗っていた。
『……兵庫どの。娘はやはり武士の娘に違いはなかったのじゃ。わしが悪かったかも知れぬ。いや悪かった、悪かった。……ゆるして下され』
大地へ手をつかえた惣七は、怺える嗚咽を、脆くも老の肩骨にふるわせて、いつ迄、顔を上げ得なかった。
『――それ』