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よるのわかば

夜の若葉

宮本 百合子

「婦人朝日」1940(昭和15)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,072 字 · 24 页

青空文庫

みてみると、順助は通路に佇んでいる桃子とおない年ぐらいの女のひとのそばへよって行って、少しこごみかかる姿勢で何かいった。そのひとは素直にふりかえって、順助に教えられながらだんだん辿って桃子の顔へ視線をとめると、おとなしい会釈をその場所から送ってよこした。少し遑てた桃子は丁寧に女学生っぽいお辞儀をかえした。支那風の翡翠色の繻子に可愛い刺繍をした帯のうしろを見せてそのひとが先に立ち、いつもの順助の席よりはずっと先の棧敷の方へ静かにおりてゆく。そこへ開演をしらせるベルが鳴りわたった。

井上園子の演奏するコンチェルトを桃子は今夜特別深く心にうけとって聴き入った。久しぶりでこのひとの演奏をきくというばかりでなく、ステージへ出て来てお辞儀をする、そのお辞儀のしぶりからして今晩の井上園子にはよけいなもののない本気さがこもっていた。真直音楽にうち向いて、音楽に自分の生活のあらゆるものを与えそこに生きようとまた新しく思いきわめたというような気魄が、力づよく丸みある一うちのコードのなかにも響いているようである。新鮮なおどろきに似たこの感動は曲が進むにつれてますます桃子の心を捉えた。