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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
たと思った。
今も私は久左衛門の来ない間にと、家をぬけ出て、醤油をとりに駅の方へ、またいつものその道を歩いた。半里、平面ばかりで家一つない真一文字の道だ。どういうものか、真っ直ぐな道というものは、物を考えるより仕様のない退屈なものである。私はこの道でどれほど色んなことを考えたか知れない。またこの村の人たちが意外に頭の良いのは、自然にこの道で日ごろの考えを整えさせているからではあるまいか、とも思ったりする。
「神や仏はあるものじゃ。」
こんなことを久左衛門が云ったりすることも、この長い道が訓えたからではあるまいか。私も人から受けた恩のことを考えたり、友人の有難さや、人生の厳しさや、夫婦の愛や、子供の教育や、神のことなぞ、次ぎから次ぎと考えつづけて停めることの出来なかったのもここで、妻や子供がよく、
「あの道はたまらないわ。長くって。」
と云ったり、「そうだねえ。」と子供が云ったりするのも、何か矢っ張り各自に考えさせられているのである。ここを一度通って来ると、昨日の自分はもう今日の自分ではなくなっていて、その日はその日なりに人は文学をして来るのだ。そして、ふと頭を道から上げたとき、遠空に連った山脈の何と威厳をもった美しさか。