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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

「僕はここから海までの草原の傾斜を牧場にすれば、いい牧場になると思うが、と話したことがあるんだ。そうしたら、菅井の和尚さん、専門家がいつか来たときも、ここは牧場としては理想的だといったそうだ。」

自慢の形になったが、その実、チロルの草原でこのような所に鈴を首につけた牛がひとり歩いていたのを思い出し、牧場の専門家も同様な所を見て来たのであろうと私は思ったりした。

「やっぱりここは絶景だよ。こういうのを絶景といわずに、いい景色はないものだ。」

私はもう柴など拾いたくはなく、縄を腰にくくりつけたまま灌木の間をぶらぶらした。鮮紅の茨の実が滴り落ちた秘玉のようで、秋の空がその実の上であくまで碧く澄んでいる。もしこれで右手の入りこんだ平野が海だったら天の橋立という感じになるここの尾根だ。しかし、海であるより平野のこの方が変化があって私には好ましい。

今から十七八年も前のある夏、ここから一里ほど左方の由良という漁村へ海水浴に来て、私は機械という作をそこで書き上げたことがある。先日も由良はここから近いと聞いてなつかしくなり、峠越えに出かけてみた。終戦後二日目、私も元気がなく思い出を辿るばかりだったが、私の借りていた二階の部屋を下の路から見上げると、その窓から見知らぬ疎開者の女が一人、これも頬杖ついたまま行くさき分らぬ思案