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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

この座談会ほど馬鹿げた座談会に会ったのは初めてだが、それが一種の面白さだったというべきものも、またあった。

「今夜は鴨が来ましてね、急に夕暮から一羽の鴨がやって来て――」

文化部の人の紹介の後、私は広間の寒い一隅に坐らせられ、この町のある医者の科学談を聴衆と一緒に聴かされつづけただけである。

「先日も岩波茂雄君が東京から私のところへ来ましたが、君のその話は面白いから、是非書けとすすめてくれました。」と医者は名調子で聴衆に対い、自分の原稿を立って読み上げる。およそ一時間、でっぷり太った栄養の良い赭顔で、朗朗たる弁舌の科学談だ。酔っている。とにかく人は今は酔いたいらしい。酔えるものなら何んであろうと介意ってはいられぬときかもしれない。

「浜の真砂は尽きるとも、真理の真砂は尽きぬであろうと云ったニュートンの偉大さ。あのニュートンは――」

百人ばかりの聴衆は私と佐々木氏とに気の毒そうに黙り、しょぼしょぼ俯向いているだけだ。私はいつかこの医者が、盲腸患者の腹を切開したとき、鋏を腹の中へ置き忘れたまま縫い上げて、また周章てて腹を破ったが死んだという話を思い出した。