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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
静かだが底張りのある、おばこ節であった。それも初めは、良人を慰めるつもりだったのも、いつか、若い日の自分の姿を思い描く哀調を、つと立たしめた、臆する色のない、澄み冴えた歌声に変った。私は聞いていて、自分と参右衛門と落伍しているのに代って、清江がひとりきりりと立ち、自分らの時代を見事に背負った舞い姿で、押しよせる若さの群れにうち対ってくれているように思われた。
「うまい、うまい、うまい、うまいぞオ。」
と、参右衛門は喜んでまた手を叩いたが、暗闇で打ち合わす手は半分脱れていた。しかし、そうなると、謡い終った清江を参右衛門はもう赦しそうになかった。清江は彼にせがまれてまた謡った。
「朝鮮とオ、支那とさかいの、あの、鴨緑江オ――」
鴨緑江節となっては、参右衛門ももう我慢が出来なくなったらしく、「流す筏は……」その後を今度は夫婦揃ってやり始めた。私もひどく愉快になった。そして、もうこのまま一緒にこの良い夜を明そうと思い、隣室で寝ながら二人の歌を愉しく聞いた。若さがしだいに蘇って来るようだった。
十二月――日
雪が積っていてまだ歇まなかった。私は筧の水で顔を洗い終ってからも昨夜のことを思うと、石に垂れた氷柱の根の太さが気持ち良かった。