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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

沖縄で戦死した末子の霊を呼び出してもらいに、例の仏の口を聞きに来たのだが、ついでに、妹の久左衛門の妻に米の相談にも来たのである。空の雲行を見上げながら、姉妹揃って仏の口のいる駅の方へ出かけて行く姿が見える。姉は七十、妹は六十一だ。妹の方は死んだ孫に会いたくて出かけて行くのだが、初盆以来、初めて孫に会えるのでいそいそとしている。秋空はよく晴れ、稲の穂が路の両側へ伏しなびき、遠山の重なる線がいのち毛で描かれた波のようだ。生きながら霊魂の歩くには適した美しい黄金色の耀く路一本を、間もなく自分が死ねば、こうして子供らも会いに来てくれるにちがいないと信じきった二人の姿だ。秋風が吹く。

私は沼の周囲の路をひとり歩いてみる。今朝鶴岡まで早く出て行った妻が帰って来るところだ。汽車が遠くの稲の中を通り過ぎてから三十分もたっている。とすると、あの汽車に相違ない。半里もある駅からの野路を、向うから黒い一点の影がただ一つ動いて来る。多分あれだろうと見ながら距離を縮めて行くうち、向うもそうだろうと思う風で近よって来る。見わたす広い平野の中で、自分に食わせる食物をせっせと探してくれている一人の人間が、あれかと思う。