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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

曙色をしている米の天才は消え失せたかもしれないが、努力の天才ということもまだ残っている。天才とは何ものでもない、愚者を建造してその中に棲むだけだと云った人もある。米もどうやら愚者を建造して来たばかりに近い悲しみをひそめている。そういえば涙の形をしているのも、いまは皮肉なことではない実相のようだ。

「今年の新米は、おれには嬉しいのか悲しいのか分らないね。これ見なさい。」

私は傍へ来た妻に云って掌の上の新米を出した。

「でも、美しいわ、きらきらしていること、ほら、こんなにきらきらと。」

「もうこれで、生命力はないというのだからね。日本の米は。」

「桜沢さんね、あの方、どうしてらっしゃるかしら。あたしもう一度お会いしてみたいわ。」

妻は桜沢如一氏の愛読者で、一度講演も聴きに行ったこともあって、日本の敗北を予言したその人の存在が、今ごろ興味を呼び起して来たらしい様子である。私のところへ来る青年の中にも二人ばかり、桜沢氏のもとへ出入りしていたものもあったが、ある日、太平洋戦争になったころその中の一人のA君が来て云うには、

「今度の戦争はどうしても敗ける、米に出ていると、桜沢氏がいうのですよ。