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よるのくつ

夜の靴

横光 利一

――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页

青空文庫

大変だと思って、私はもう蒼くなってしまった。どうしたら良いでしょう。本当でしょうかね。」

私は答えなかった。米から判断した思想というものは窺い知れざる奥ぶかく物凄いものがある。幾千年も食いつづけて来た物の中から、未来の姿の何らかを読みとどけることも出来ぬ眼力というのは、何かもう不足なもののあることぐらい気が附くべきときだ。と、私は自分のことを思って黙っていた。しかし、気がついたところで仕方がない。後の祭りだ。

「勝とうと思うな。負けないように気をつけよ。」と云ったのは兼好法師だが、これは五百年も前のことだ。それにしても、このAという青年は、それ以来住所不定となって全国をふらふらさ迷うようになり、ときどき意外なところがら風のような葉書をぽつりとくれるようになったりした。

外国から帰って来たとき、下関から上陸して、ずっと本州を汽車で縦断し、東京から上越線で新潟県を通過して、山形県の庄内平野へ這入って来たが、初めて私は、ああここが一番日本らしい風景だと思ったことがある。見渡して一望、稲ばかり植ったところは、ここ以外にどこにもなかったからだった。その他の土地の田畑には、稲田は広くつづいても中に種種雑多なものが眼についたが、穂波を揃えた稲ばかりというところはここだけだった。