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よるのくつ
夜の靴
横光 利一
――木人夜穿靴去、石女暁冠帽帰(指月禅師)
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,056 字 · 213 页
この平野の、羽前水沢駅という札の立った最初の寒駅に汽車が停車したとき、私は涙が流れんばかりに稲の穂波の美しさに感激して深呼吸をしたのを覚えている。ところが、私は今そこにいるのだ。あのときは何の縁もないところのこととて、よもやここに自分が身を沈めようとは思わなかったのに、まったく十年の後に行くところのなくなった私は、偶然こんなところへ吹きよせられようとは、これが私にとっての戦争の結果だった。そして、私は初めてここで新米を手に受けてみて、米はどこに沢山あろうともこれに代るものは、世界広しといえどもどこにもないのだと思った。
「もう生命力がないのかね、これが。――そんな馬鹿な。」
つい私もそう云わざるを得なくなって、何となく立ち外へ出た。外では稲刈のまっ最中だ。精米所の開け放された戸口からは粉が吹き散って白くあたりの樹の幹で廻っている。
十月――日
ここから三里ばかり離れた京田という村で、代用教員をしている私の長男は、正教員が復員で帰って来たので解雇された。生徒たちは別れに、
「先生、東京へ帰るのか。もうちっといてくれエ。ぼた餅やるよう。」と云ったという。