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やこうちゅう

夜光虫

織田 作之助

「大阪日日新聞」1947(昭和22)年5月24日~8月9日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,871 字 · 134 页

青空文庫

昨夜の雨はもうやんでいた。

午前六時といえば、この界隈のビル街もひっそりと静まりかえって、人通りもない。

「なんだ、人間は一匹もおらへんのンか」

豹吉はそれがこの男の癖の唾をペッと吐き捨てた。

その拍子に、淀川の流れに釣糸を垂れている男の痩せた背中が、眼にはいった。

そこは渡辺橋の南詰を二三軒西へ寄った川っぷちで、ふと危そうな足場だったから、うしろから見ると、今にも川へ落ちそうだった。

豹吉はその男の背中を見ていると、妙にうずうずして来た。

今日の蓋あけに出くわしたその男の相手に、何か意表に出る行動がしたくてたまらなくなったのだ。はや悪い癖が頭をもたげたのだ。

「何でもええ。あっというようなことを……」

考えているうちに、

「――そうだ、あの男を川へ突き落してやろう」

豹吉の頭にだしぬけに、そんな乱暴な思いつきが泛んだ。

「煙草の火かしてくれ」

豹吉は背中へぶっ切ら棒な声を掛けた。

「…………」

男はだまって振り向くと、くわえていた煙草を渡した。火を移して、返そうとすると、

「捨ててくれ」

そして、男はべつの新しい煙草を取り出して、火をつけた。

豹吉は何だかすかされたような気がして、