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ゆめどのさつじんじけん

夢殿殺人事件

小栗 虫太郎

「改造」1934(昭和9)年1月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,755 字 · 55 页

青空文庫

鋭く稜形に切りそがれた顴骨、鼠色の顎鬚――と数えてみても、一つは性格の圭角そのもののようでもあり、またもう一つからは、浅薄な異教味や、喝するような威々しさを感ずるに過ぎなかった。総体として、の聖音に陶酔し、方円半月の火食供養三昧に耽る神秘行者らしい俤は、その何処にも見出されないのであった。所が、その相貌とは反対に、推摩居士の表情姿体を観察して行くと、それには、恐怖驚愕などと云うような、殺人被害者固有の表出を全く欠いていた。そればかりか、何んとなく非現世的な夢幻的なものに包まれていて、その清洌な陶酔に輝いている両眼、唇の緩やかな歪みなどを見ると、そこから漲り溢れて来る異様なムードは、この血腥い情景を瞬間忘却させてしまい、それはてっきり、歓喜とか憧憬とか云ったら似付かわしいのであろうか、全く敬虔な原始的な、子供っぽい宗教的情緒に外ならぬのであった。恐らく、到底この世にあり得ようとは思われぬ、或る異常な情景が、推摩居士の眼前に現われ出たのであろう。そして、彼の視覚世界が最終の断末魔に至るまで、その何ものかの上に、執着していたのを物語るのではないだろうか。