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むゆうびょうしゃのし

夢遊病者の死

江戸川 乱歩

「苦楽」プラトン社、1925(大正14)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,121 字 · 22 页

青空文庫

そうしている内に、突然パンというひどい音がしたかと思うと、彼の自転車は役に立たなくなって了った。

彼は自転車を捨てて走り出した。白絣の着物が、汗の為に、水にでも漬けた様にビッショリ濡れていた。足は棒の様に無感覚になって、一寸した障礙物にでも、つまずいては倒れた。

心臓が胸の中で狂気の様に躍り廻っていた。咽喉はカラカラに渇いて、ヒューヒューと喘息病みみたいな音を立てた。彼はもう、何の為に走らねばならぬのか、最初の目的を忘れて了っていた。ただ目の前に浮んで来る世にも恐しい親殺しの幻影が彼を走らせた。

そして、一町、二町、三町、彼は酔っぱらいの様な恰好で、倒れては起き上り、倒れては又起き上って走った。が、その痛ましい努力も長くは続かなかった。やがて彼は倒れたまま動かなくなった。汗と埃にまみれた彼の身体を、真夏の日光がジリジリと照りつけていた。

暫くして、通行人の知らせで駈けつけた警官が、彼の肩を掴んで引起そうとした時に、彼は一寸ふり離して逃げ出す恰好をしたが、それが最後だった。彼はそうして警官の腕に抱かれたまま息を引きとったのである。

その間に、伯爵邸の父親の死骸の側では何事が起っていたか。