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ゆめ
夢
和辻 哲郎
「新潮」1952(昭和27)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,436 字 · 25 页
わたくしは大急ぎで馴染みの爺さんの家の方へ歩いて行った。いつの間にかこの村がわたくしの馴れ親しんだ土地だということになっていて、ここに親切な爺さんの家があるのである。爺さんの家の前の庭にはいっぱいに刈り取った麦が積んであって、人々が忙しそうに脱穀の作業をやっていた。はいって行くと皆が笑顔で迎えてくれる。この庭を取り囲んで納屋や鶏小屋があり、おも屋の軒には小鳥の籠が吊してあった。その小鳥の籠の下で爺さんにわけを話し、なんとか方法はなかろうかと相談すると、爺さんは、そんなら舟で行ったらよかろう、あいにくわたしンとこには舟はないが、あの崖ぶちの○○が舟を持っている。頼めば舟で向こうまで渡してくれるだろうと教えてくれた。わたくしはその○○という名を聞いて、あああの家かとすぐに了解したのであるが、今その名を思い出そうとしても、どうしても出て来ない。
わたくしはほっとした気持ちで崖ぶちへ引き返し、その○○の家の前に立った。その家は戦災後の東京でよく見かけるような、こけら葺きの板小屋であった。往来に向いた方は羽目板ばかりで窓もなかった。その家の扉の前で音ずれると、扉を中から押し開いて顔を出したのが、洋装した若い女であった。