轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

ゆめ

夢

和辻 哲郎

「新潮」1952(昭和27)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,436 字 · 25 页

青空文庫

またノラクラ遊ぶのでなくては、散歩は休養の役には立たない。だから右のコントラストはどうにもできなかったのである。そこへ文芸家が人前で肉体労働をやって見せるなどという形勢が現われて来たのであるから、右のコントラストはおいおい心理的に重荷として感ぜられるようになって来た。とうとう最後には、一年くらいの間、散歩ができなくなってしまった。ノラクラ遊んで暮らしているやつは大嫌いだという言葉の裏には、そういう重荷の経験がひそんでいるのである。

しかしその言葉が、麦の脱穀に忙しい爺さんの家の庭ででも聞かれたのなら不思議はないが、大きい邸に住んでいて和服をぞろりと着流している男、おのれ自身がノラクラ遊んで暮らしているらしい男の口から出たのだから、不思議である。爺さんの家の庭で働いていた人たちは皆笑顔でわたくしを迎えてくれた。しかるにこの和服を着流した男は、いかにも憎悪をこめた調子であの言葉を言った。どうも話が逆である。

もう一つ気づいたことは、和尚さんや寺の様子が、覚めているわたくしにとって案外に感ぜられることである。和尚さんもまた夢の中でわたくしを押えつけていた力の一つであり、しかも前の二つと違ってわたくしを吊し上げのような目に合わせるのであるが、その面構えは、徳田球一と広川弘禅とを一つにしたようであった。