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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

23 他生の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页

青空文庫

「かごとをいわずと、名を名乗れ、案内もなしに、尋ねて来たのは誰じゃ」

といって神尾主膳が、荒々しく向き直りました。

「へえ、どうも相済みませぬ」

顔を見せないで、声ばかりしている男が、たしかにこの襖の外に来ている。それを聞いて神尾はじれ出しました。

「ただ、済まないでは済むまい、夜陰、人のおらぬはずのところへ忍び込んで来た奴、盗賊に相違あるまい……盗賊でなければ名を名乗れ」

「へえ、恐れ入ります、七兵衛でございます」

「ナニ、七兵衛?」

「左様でございます」

「七兵衛とはどこの何者だ」

「お忘れになりましたか?」

「知らん、左様な者は覚えはない、誰にことわって、何の用で入って来たのだ、不届きな奴」

神尾主膳は、荒々しく立って長押の槍を下ろして、それを突っかけて襖を押開きましたが、誰もおりません。

ほどなく御行の松の下に立ったのは裏宿の七兵衛。額の汗をふきながら、

「あぶねえ、あぶねえ」

と言いました。

この時、生垣の蔭から、不意に槍を持って姿を現わしたのが神尾主膳です。執拗いこと。怪しい者を追いかけて、ここまで槍をつっかけて来たのです。

神尾主膳には多少槍の心得があって、九尺柄の槍を座に近いところへ置き、いざといえばそれを取ることにしている。