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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
23 他生の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 145,722 字 · 286 页
「さようなら、近いうち必ず洲崎の御住所をお訪ね致しますよ」
笠を傾けて、船と人とは別れました。まだ船にとどまって、館山まで行かねばならぬ駒井甚三郎は、保田の浜辺を悠々と歩み行く田山白雲の姿を見て、一種奇異の感に堪えられませんでした。
八
その名のような白雲に似た旅の絵師を、駒井甚三郎は奇なりとして飽かず見送っておりました。
ほどなく松の木のあるところから姿を隠してしまった後も、髣髴として眼にあるように思います。
しかしながら、人の生涯は、大空にかかる白雲のように、切り離してしまえるものでないと思いました。人情の糸が、必ずどこかに付いていて、大空を勝手に行くことの自由をゆるされないのが人生である。あの男もどこかで行詰まるのではないか。あの男の蔭に、泣いて帰りを待つ妻子眷族というものもあるのではないか。
さりとて、人間は天性、漂泊を好む動物に似ている。
自由を好んで不自由の中に生活し、漂浪を愛して、一定の住居にとどまらなければならない人間。それでもその先祖はみな旅から旅を漂泊して歩いたものだから、時としてその本能が出て来て、人をして先祖の漂浪にあこがれしめるのではないか。