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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
30 畜生谷の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 74,962 字 · 145 页
そのくせ、蝋のような面の色が、みるみる白くなってゆくものですから、お雪は、自分の身体そのものが、ずんずん冷たくなってゆくような心地がして、
「先生、焦らさないように願います、わたし、心配でたまりません、後生ですから、お目ざめくださいまし。それとも、もしや、あなたは……生きておいでなのでしょうね、もしや……もしや、もしや」
お雪は、ついに鎧櫃にしがみついて見ると、これは透かし物のような鎧櫃の前立の文字に、ありありと、
「俗名机竜之助霊位」
「おや――」
――お雪はついに声をあげて叫びました。
七
「どうしたのです、お雪ちゃん」
事はまさに反対で、声の限り人を呼びさまし、呼びさますことに絶望の揚句、絶叫したその声を聞いて、かえって呼びさまされたのは、当のお雪ちゃんで、呼びさましたその人が、鎧櫃の中にあって、返答もなく、表情もなく、微動もなく、蝋のように面の色の白かった人。
しかも、ところは窮屈な鎧櫃の中ではなく、飛騨の国の平湯の温泉の一間、せんだって宇津木兵馬もこの室に宿り、仏頂寺、丸山の徒もここに来り、その時の鎧櫃、物の具の体、あの時と、ちっとも変らない一室の中でありました。