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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
33 不破の関の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 86,467 字 · 168 页
与八は焼筆をこしらえて、郁太郎のために板切れへ「いろは」を書かせることを教えながら、自分は地殻を踏んで米を搗いている。燈明皿の燈心は、教師である与八と、教え子である郁太郎との間を照して余りある光を与えておりました。
今晩は雨が降り出している。与八と郁太郎の師弟が、例によってこの雨夜を教育に耽りはじめているところへ、フト外から訪れる客がありました。
「与八」
「はい」
与八は直ちに、訪れて来た客人が、藤原家の当主の伊太夫であるということを知りました。
伊太夫が蛇の目の傘を土間と戸の桟との間に立てかけ、合羽を脱ぎかけているのは、わざわざここを訪れるために雨具を用意して来たのか、或いは他を訪れたついでにここへ立寄ったのか。それにしてはともがついていないのみか、自身、包みをぶらさげて来ている。
「これははあ、旦那様」
与八は恐縮して、地殻つきから下りて来ました。郁太郎は、この来客にちょっと目をくれただけで、しきりに板の上へ焼筆をのたくらせている。
「与八、どうだ、お前ひとつ、お茶をいれてくれないか」
合羽を脱ぎ終った伊太夫は、自身携えて来た包みを取りおろして炉辺に置きながら、自分はもうその炉辺に坐りこんでしまいました。