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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

33 不破の関の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 86,467 字 · 168 页

青空文庫

「有難うございます、そりゃ、勿体ねえことでございます、郁坊や……ではこのお菓子を頂戴しな」

郁太郎に菓子をすすめようとしたが、この子はそれを食べようとしないで、暫くじっとながめている。

与八は与えられたお茶を推し戴いて飲み、伊太夫も旨そうにそれを味わいました。

こうして二人の話に、しんみりと雨夜の会話が進むことの機会が熟して行く。

「与八、今夜は、心ゆくばかり、お前の身の上話が聞きたいのだ」

四

この晩、伊太夫が、与八と打解けての会話の結果は、与八には特に附け加えるものはなかったが、伊太夫にとっては、それは自分とは全く方法を別にし、主義を異にした新しい一つの生き方をいきている人のあるということを、つくづくと知ることができました。

すなわち、自分というものは、有り余る財産というものに生きているのだが、世間には、それと反して、全く無所有の生活にいきて行く人と、またいき得るものだという実際上の知識でありました。

無所有には怖るるところは無いという論理は、伊太夫にも相当よくのみ込めます。無所有なるが故に、求めらるるところがなく、また無所有を生命とすれば、求むるところなくして生きて行けるという事実は承認できます。