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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

33 不破の関の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 86,467 字 · 168 页

青空文庫

そこで、眼にも余り、手にも負えない我儘いっぱいの自由行動を黙認しながら、しかもお角さんは、お銀様に対する監視の眼だけはちっともゆるめないのです。

今夕も、関ヶ原まで伸すという行動には一切干渉しない代り、心利いた若い者の庄公を目附として、ここまでつけてよこしました。

庄公は宿の一間、いつもお銀様へ眼の届くところに部屋をとって、監視の任に当っていたが、旅の疲れで眠りこけてしまいました。

夜更け、人静まった時分、お銀様は籠行燈の下で関ヶ原軍記を繙き出しました。

お銀様は、まだ知らない行先の土地のことをよく知っている――これが、この行中もお角さんの最も驚異するところの一つでありました。

自分はかなり世間を歩いているのに、世間を知らないことが多い、はじめて旅に出たお銀様が一から十まで、まだ踏まないさきの土地のことを知っている。このことの驚異が、お角さんとして、お銀様というものを、いよいよ底気味の悪いものにしている。人は自分の持たぬものを見るのに過大な影を置くもので、まのあたり眼でみ、耳で聞くことのほかに知識の鍵をもっていないお角さんが、一室に閉籠って蓄えていたお銀様の読書の知識というものに思い及ばないからこそ、大きな驚異と、怖れとがある。