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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
33 不破の関の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 86,467 字 · 168 页
松野主馬はそれから、主人金吾中納言の馬前に膝を突いて、言葉を恭しくして次の如く言った、
「あれをごらんあそばしませ、ただいま軍勢に向って申しました通り、あれは大谷刑部少輔が、石田のために命を与えに行く道すがらでござりまする。まことにもののふの鑑と申すべきではござりませぬか。恐れながら、わが御先代の小早川隆景公は日本第一の明将でございました。御一身の栄達を犠牲にして毛利の本家の礎を据え、筑前五十万石を、太閤殿下よりの御養君たるあなた様のために残し、御身は何物をも持つことなくして生涯を終りになりました。この御陰徳がいつの世か報い来らぬことの候べき――豊臣は亡び、徳川は衰えるとも、毛利の家は動くことなかるべしと人が噂をするのは、一に隆景公の御陰徳と申しても苦しうござりますまい。太閤殿下の御血筋を引き、この小早川の名家を御相続あそばされた我が君――畏るべきは後代の名でござりまする、あやかりあそばしませ――いま目のあたり見る大谷刑部が義心を御覧じませ、事の成らざるを知りつつ一身を友に与うるは、もののふの鑑にござりまする、我等武人としては、この後塵を伏し拝むべきでござります」