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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

37 恐山の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页

青空文庫

神尾が今日、人を斬ったのは、毫末も先方が無礼の挙動をしたからではない。

百姓町人が武士に対して無礼を働く時は、それは武士の面目のために斬り捨てても苦しうないという不文律はある。それはあるけれども、そういう場合ですら、斬らずに堪忍できる限り、堪忍するのが武士の武士たる器量である――という道徳律もある。今、ここで通りかかった百姓は、果して水戸在の百姓であったかどうか、分ったものではない。ただ通りかかったというだけで、なんらの宿怨も、無礼もあるものではない。

強いて言えば、向うが突き当ったというけれども、先方が突き当ったというよりは、神尾の歩きぶりに油断があったのである。それを一言の咎め立てもなく、理解もなく、やみくもに斬りつけたのだから、誰がどう考えても理窟はないのです。それはまだ、夜陰に乗じて無断で人を斬る流儀もあるにはあった。しかしそれは「辻斬り」という立派な(?)熟語まで出来ている変態流行である。時としては、刀の利鈍を試むるために、手練の程度を確むるために、或いは胆力を養成するために、この変態の殺人を、暗に武士のみえとした風潮もある。今いうような単に「無礼討ち」