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だいぼさつとうげ

大菩薩峠

中里 介山

37 恐山の巻

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页

青空文庫

百十三

自分ながら、どこをどう逃げて、どう落着いたか分らないが、ふと眼が醒めて見ると、神尾主膳は、あたりが全く暗くなっていることと同時に、けたたましい題目と磬の音とが、耳に乱入して来るのを聞きました。

「ははあ、日が暮れてしまったのだ、あの音で思い出した、そうだったか」

と、自分の身が、薪小屋の中に積み重ねた薪と薪との間のゆとりの中にいることを発見しました。

不思議でもなんでもない。あれから、自分はここへ逃げ込んで隠れたのを、隠れているうちに不覚にも、つい一睡に落ちてしまっていたのだ。この寺は何という寺だか知らないが、やかましく磬を叩いて、お題目を唱えているところを見ると、法華寺に違いない。

寺が法華であろうと、門徒であろうと、自分にかかわりのあることではないが、この境内へ逃げ込んで、この薪小屋の中で救われたのは事実だ。ここでホッと安心して、ついうとうと睡魔に襲われているうちに、目をあいて見るともう夜だ。

夜に遅い早いはないというが、遅かれ早かれ、この際、夜になっていたことは仕合せでありました。夜陰ならば、この姿で、けっこう大手を振って根岸まで帰れるのだ――目が醒めて、あたりが暗くなっていさえすれば、時間に頓着する必要は少しもない。