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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
37 恐山の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页
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この下郎の、こんな忠実な働きぶりは、今にはじまったことではなく、亡き夫のいる時分から邸に於て、この通り蔭日向がなかったのですが、こうして旅へ出てみると、この親切さが全く骨身にこたえる。
奥様は、家来とは言いながら、蔭では手を合わせてこの下郎の忠実に感謝をしました。
「いわば一期半季の奉公人に過ぎないあの男が、こうまで落ち目のわたしに親切をしてくれる、人情も義理も、まだ地へは落ちない、家来とは言いながら、思えば勿体ない男……」
と奥様は、表では主人としての権式を保っていましたけれども、内々では、杖とも柱とも頼みきっておりました。
奥様とはいうけれども、若党とは年こそ十も違っているけれど、中年の武家の奥様として、申し分ない和らかみと、品格を持っておりました。
若党は百姓の出でしたが、面つきだって凜々しいところがあり、それに、がっちりしたいい健康と、それに叶う肉体を持っておりました。
こうして主従は、心の中で感謝したり満足したりしながら、敵をたずねて旅の日を重ねたのですが、もとより当りがあっての旅ではないのです――明日敵にめぐり逢えるか、十年先になるか、そのことはわからないのです。