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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
37 恐山の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 254,021 字 · 495 页
「左様なものにはあらず」
と。そこで二人の旅行家が押返して、
「然らばいかなるものぞ」
と、つきつめてみると、右の若い男の返事に曰く、
「犬の如くにして少し大なり」
ここで、やや恰好がついて来たものだから、
「せい高く、口大なりや」
とたずねると、
「そのごとし」
という返事。
「さては狼にあらずや」
と言うに、
「狼ともいふと聞く」
という返事――これでようやく鬼の正体がわかってきた。この辺では、狼の一名を鬼というのではない、鬼の別名がすなわち狼であるということが、二人の旅行家にわかりました。
「殊に人を取食ふものゆゑに、此あたりにては、狼を鬼といふなるべし、古風なることなり、程過ぎて今に至れば、をかしき物語ともなりぬれど、其時の物あんじ、筆の及ぶ所にあらず――」
鬼は寓話の世界に棲むが、狼は現実の里に出没して、たしかに人を食ったのである。怖るべきこと寧ろ、鬼以上である。
ここに鬼について、また一説があります。
オニという日本の古語は、隠れたるモノの意味で、仮りにその隠(オン)という字を当てはめてみたそれがオニに転訛し、鬼という漢字を当てはめることになったのである。角を生やしたり、虎の皮の褌をさせたりすることは、ずっと後世のことで、ただ隠れたるモノが即ち鬼である。