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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
38 農奴の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 30,484 字 · 60 页
然るに、この場の晒し者は、これらのいずれもの罪科に適合せずして、ひとり「逃散」が罪になっている。「逃げ走る」こと、或いは逃げ走ったことだけが罪となっている。観念が甚だ明瞭なるが如くして、不明瞭なるものではないか。
にも拘らず、通るほどの人は、いずれもそれに黙会を与えて過ぎ去る。
「ちょうさんか――」
「ちょうさんではやむを得ない」
「ちょうさんでは、どないにもならんさかい」
畢竟ずるに農奴なるが故に「逃散」が罪になるということは、当時の常識に於て、ほぼ納得せられているらしい。
然らば、農奴なる者に限っては、殺しもせず、盗みもせず、私通も姦通も行わずして、いわば、なんらの罪というべきものがなくして、ただ単に「逃げ走る」ということだけが罪になるのか。
事実は、まさにその通りなのである。罪があってもなくても、逃げるということがいけない、逃げるということが罪になる。
三
胆吹の上平館の新館の庭の木立で、二人の浪人者が、木蔭に立迷いながら、語音は極めて平常に会話を交わしている――
「ありゃ、身内のものなのです、土地っ子ではありません、ですからこの土地へ来て農奴呼ばわりをされる籍もなければ、ちょうさんの罪を着せられる因縁が全くないのです」