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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
41 椰子林の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页
駒井としては、あの時、言い過ぎたとも思う様子はなく、更に言い足そうとする気配もなく、依然として、威と恩とを備えた主人とし、船長としての態度を保つことに変りはありませんでしたけれども、ひそかに見やるお松の眼には、痛々しいものの映ることを止めることができません。
威厳の人としてのこの主人に、お松は物の哀れをはじめて見出しました。それは甲州以来の昔の思い出が、今までは人の身の上のようにしか思われなかったものが、今は、わが身の上のような気がしてなりません。
そうしてみると、あの朋輩としての不幸薄命なお君さんという女性の運命の絵巻を、ここに再び繰りひろげて、それを哀れなりと思う心が、泉のように甦って来ました。本当に自分としては、お君さんを気の毒だと思い、できる限りのお世話はしたつもり。またお君さんの方でも、わたしというものを、本当に唯一無二の、心の底までの打明け相手として許しておりました。
その時分のお松は、駒井の殿様は、殿様として尊敬はしていたけれど、それは有っても無くてもよい存在のようなもので、お君さんだけがなければならない人で、その人のために、身を尽し心を尽して尽したつもりですけれども、ついにその効がありませんでした。