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だいぼさつとうげ
大菩薩峠
中里 介山
41 椰子林の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,374 字 · 345 页
と、昔の自尊をいささか取戻したらしい。それも、一つは安芸守自身が居合わせて、取次から、珍しくも神尾の名のりを聞いたものですから、それでこの良会があったもので、さもなくば、やはり玄関子の取計らいを蒙ったに違いないと思われる。
今の神尾は、人に訪ねられる身分でなく、ましてや人を訪ぬる身でない。悪友以外にまじめに訪問を試みたということは、甲府勤番の役向を別としては、何年にも絶無のことでありました。
それでも覚王院に於ても、竜王院に於ても、あえて癇癪を破裂させなかったというものは、本来、今日は私心あっての訪問ではない、いささか誠意あっての義勇心(?)といったものから出でたのですから、私の侮辱に平然として屈せぬ面の皮がありました。
役の出先、裃をつけたままで鈴木安芸守が、神尾主膳に対面して、
「これはこれは神尾主膳殿、珍しいことではござらぬか」
「いや、津の国の、何を申すもお恥かしい次第だが、今日、かくの通りにぶしつけに推参いたしたのは」
先以て、財物の無心に参ったのではござらぬという安心を、先方に与えなければならないほど、神尾の立場は気が引ける。
「その後、お噂を承るのみで、一向に御消息を存ぜぬことでしたが、御無事で何よりめでたい、どちらにお住いでござるか」